【物思い】来年度の労働後の習慣について

なぜだかよくわからないが、自称先進国日本においては3月になると多くの人が社会的に一斉に動く。

私が納税労働係員として納税労働に従事している会社においてもご多分に漏れず、今月末をもって一定数の労働凡夫が異動や転勤にともない引っ越しをするのだけれど、その中には私がこれまで大変お世話になった上司も含まれている。

この上司がいなくなることで起こるであろう大きな変化の一つが飲酒機会の大幅な減少で、当該上司は飲酒が大好きで、私は当該上司と週に最低2回、多い時は4〜5回は飲酒を嗜んでいた。

私自身は一人で酒を飲むことは殆どないが、気の合う人と飲むことには何の抵抗もなく、幸いにも当該上司とは良好な関係を築くことができたため誘われれば二つ返事で快諾していたのであった。

飲むといっても毎回毎回居酒屋に行っていたわけではなく、スーパーで酒とつまみを買い込み、つまみを労働着のポケットに忍ばせ、手頃な広場、駅の構内等で全身を弛緩させて酒を嗜んでいた。

外が暗くなると、駅のロッカー近くの窓ガラスに安酒を片手にした我々の姿が映し出されるのだけれど、その姿がなんとも哀愁漂っており、面白おかしいのであった。

当該上司が転勤となり、私の労働現場を離れてしまうと、私が労働後に酒を飲む機会は滅多になくなることであろう。

私は労働後は、酒を飲まない限り運動を行うことになっている。

酒を飲む機会が減るということは、運動をする機会がその分増えるということで、快楽源を分散させていたおかげで、今後、労働後に暇を持て余し、小人閑居して不善を為す、ではないが、ろくでもないこと、例えばメルカリを無駄に徘徊するだけで時間を蕩尽するみたいな感じのニュアンス的なことをしなくて済みそうである。

当該上司が職場からいなくなることは少し寂しいことではあるが、運動をする機会が増えてこれまでより少しは健康になれるかもしれへんど、と前向きに捉えていこうかしらん。

しかーし、それでは労働後の日課が運動だけとなってしまい、快楽源の適切な分散化がなされていないではないか。

運動というものは毎日やると効率が悪い、みたいな感じのニュアンス的な塩梅の程度っぽい雰囲気のスタンス風っぽい説を耳したことがあるため、これまでの飲酒日が運動の休息日としての適切な役割を果たしていたとしたら、これまでの飲酒に代わる運動とは異なる活動を今後の労働後の活動として導入していく必要があるのかもしれない。

その種の活動としては何がいいかしらん。

ネットサーフィン。

風俗。

だめだ。

勉強か読書か。

あるいは、労働後は欠かさずに運動をし、そのまますぐに就寝し、早起きを習慣化し、ホットサンドを喰らい、朝の時間をつかって勉学か読書を嗜むのもありかもしれへん。

まぁどっちが自分にとって気持ちが良いのか4月から試行錯誤してみようかしらん。

そして3月の残りの日々はこれまでお世話になった人たちと退廃的な飲酒に励むことにしよう。

P.S.

餞別にはサンサンスポンジを渡すことにした。

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