疲労度を減らすために運動をする

私はかつて某自動車工場で単純肉体労働に従事する長時間労働特化型納税奴隷アンドロイドとして過ごしていたのだけれど、その労働はなかなか労働強度が高いものであった。

毎分一台のペースでベルトコンベアに載せられた資産に見せかけた負債の代表格である車の未完成品が通り過ぎていき、当該車体が自分の持ち場を通り過ぎるまでに所定の部品等を当該車体に組み込んでいかなければならない。

組み込む部品の大きさは大小様々で、正確さとスピードが常時求められ、やっとのことで作業を終えると、もうすでに資産に見せかけた負債の代表格の次の一台が迫ってきている。

息つく間もなく奴隷作業に移り、それを延々と繰り返す。

このような労働を始めたばかりの頃は、ガチのムチで疲労困憊であり、ガチのムチで先が思いやられた。

資本を持たない納税奴隷労働者は、雇用者が設えた労働強度を調整することができない。

ここで脳髄ががらんどうのわたしが独善的に考えた方程式を以下のように披露しておく。

「疲労度」=「体力」−「労働強度」

私は労働を否定することは決してないが、労働だけの日々というのはまじで嫌だぽよ、と常々思っている。

なぜ納税奴隷労働者の日々が労働だけの日々になってしまいがちになるのかというと、それはまぁ、色々と原因があるわけなのだけれど、その一つは体力がないからであろう。

上記の方程式の中の労働強度は、雇用者により固定されている。

仮に私が労働に従事していた資産に見せかけた負債の代表格である車を大量生産している自動車工場により設定されていた労働強度を9800億とすると、体力が21の当時の私にとっては、その労働による疲労度は圧倒的なマイナス値となり、それはすなわち疲労困憊かつ満身創痍かつ満身傷痍かつ百孔千瘡かつ半死半生の状態であって、そうなってしまえば、私の生活は労働と摂食と排便のみの生活に限定されてしまう。

そんなん絶対許さへんど、と私はネバギバの精神で上記の疲労度の方程式を凝視し、がらんどうの脳髄をフル回転させてとある結論に至ったのだけれど、その結論というのが、体力を向上させればええやんけ、という至極単純なもので、つまり労働強度が9800億であれば、体力を1兆まで向上させることができれば、その日の労働は楽勝であり、余裕のよっちゃんであり、当該よっちゃんを利用すれば、本を読んだり、料理をしたりして、1日1日に労働以外の営みによる彩りを加えることができるではないか、そうじゃないか。

そうして私は、自動車工場での二交代制での奴隷労働が終わると、昼勤の時は一日置きに寮内のジムで筋トレをし、夜勤の時は一日置きに近所の公園をジョギングし始めた。

するとどうだ、日に日に体力が1兆に近づいてきて、自動車工場での奴隷労働が楽勝になってくる。

慣れもあるのだろうが、一台の資産に見せかけた負債である車両へ施すべき作業スピードも向上し、かつてはベルトコンベアに追われていた有様であったが、体力が格段に向上した私は余裕のよっちゃんで仁王立ちで次なる資産に見せかけた負債である車両を待っている有様であった。

みたいな感じのニュアンス的な効用を実感したことがあるため、私は今も習慣的に筋トレやジョギングを行っているのだけれど、今回は私が実際に行っているおすすめの筋トレを紹介しよう。

と思ったが面倒くさいので、それはまたの機会に回すことにして、今の仕事がきつい、特に肉体的な理由できついのであれば、即刻退職するのもいいが、まずは己の体力を向上させ、疲労度を相対的に減らしていくという方法もあるぽよ、ということを伝えるに留めることにする。

P.S.

今日は雨なのでジョギングはオフ。

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