2020年に読んだ面白かった本5選

保坂さんの本は全部面白いです。

2020年も労働と労働の間隙を縫って本を読んできたのだけれど、本日クローゼット内を掃除していると本が邪魔臭いほどに溜まっていることに気がついた。

その書籍の一部についてはラクマに出品していたのだけれど、今ある書籍をラクマで売り切ることは不可能であると愚鈍ながらも看破し、ネットオフみたいな感じのニュアンス的な買取業者を使って読み終わった書籍を全て処分することにした。

本の整理をしていると、うわー、確かにこんな本も読んだなー、といった具合に、その本にどのようなことが書かれていたのかはほとんど思い出せないことがほとんどであった。

このように記憶がおぼろげな状態であっても、これは面白かったなーという印象深い本もあるわけだ。

というわけで、今回は2020年に読んだ面白かった本5選を紹介していくぜ。

各書籍にどのようなことが書かれてあるのか。それを数行で紹介できるのであれば、そもそも本は読む必要がなく、存在する必要がないわけである。

本はそれをそのまま読むものであるため、ここでは以下の書籍を読んだことにより、私にどのような変化が起こったのかに焦点を当てていこう。

1 ユヴァル・ノア・ハラリ作品群(『サピエンス全史』、『ホモ・デウス』、『21 Lessons』)

面白くて一気に読んだ。著者が予見する未来において、私は著者の言う「無用階級」へと没落し、テクノロジーとそれを手中に収める一部のエリート階級にただただ踏み砕かれるだけの存在となるであろうと自覚。

結果、負けへんどー、と意気込むだけの日々である。

2 『エッセンシャル思考』

ぐちゃぐちゃの脳髄、ぐちゃぐちゃの労働、ぐちゃぐちゃの私生活を少しでも整頓するために有用な視点や考え方が提示されており、思わず2回読んでしまった。

私はこのようなビジネス本というか自己啓発本というか、そういう感じの本はあまり読まないのだけれど、その手の類の本もたまにはええやんと思わせてくれた本であった。

何かが不要かどうかを見極める際には、それがない状態を想像し、そうなった場合に自分は再びそれを積極的に求めるだろうか、と自問するといい。

例えば、この本を読んでいる時、私は労働組合をやめたくても脱退に踏み出せない宙ぶらりん状態にあったが、まずは自分が労働組合に入っていないことを想像し、そうしてその状態で朝を迎えた場合、私は出勤するや否や組合幹部のところへ真っ先に向かい、私を組合に入れてくださいと懇願するだろうか、と自問したわけであるが、その答えは楽勝で否であった。よって私は労働組合を脱退するに至った。よかった。

3 『欠乏の行動経済学』

PCの処理能力にも限界があるように、人間凡夫の処理能力にも限界がある

PCで多くのアプリケーションを同時に駆動しているとその動作が鈍重になるように、我々人間凡夫も多くの処理能力を割かなければならない問題(体力の欠乏、精神の欠乏、経済的欠乏、人間関係の欠乏等)があると、そこに時間や労力や精神力が持っていかれて、機動力や判断力が低迷してしてしまう。

よって欠乏のない状態、つまり余裕のある状態を維持できるように意識的に行動しなくてはならん。っつーわけで、私は余計な労働は断り、振られた労働はなるべく早く終わらせるように心掛け、待ち合わせ時間にはなるべく早めに行くようになった。おかげでゲリラ的な激烈な便意にも余裕をもって対処できるようになった。

4 『ものぐさ精神分析』

全ては共同幻想に過ぎない。

この虚無的で明快な考えが好きだ。

目の前にわけのわからない人が現れたら、どっちが正しいとかではなく、お互いに適応している共同幻想が違うと納得すればいいだけである。

5 『ブルシット・ジョブ』

ブルシット・ジョブというのは、端的に表現すると、仮にその仕事や職務がなかったとしても何の影響もない仕事を指すが、私の労働はどうかしらんと自問してみると、ブルシット・ジョブ的な側面があることは否めない。

やってもやらなくても誰も困らないようなことを、これまでやっていたからという理由だけでやらされることが多々ある。

これをやることで誰のためにどのように役に立っているのかしらん、と己の労働内容を見直し、労働を削ぎ落としまくり、いずれは自分の労働をなくし、人畜無害な無職者になるという選択肢も十二分にありだなー。

振り返ってみると今年はあまり小説を読まなかった。小説を読みたい気持ちはあるのだけれど、なかなか手が出ない。まぁそれはどうでもいいとして、来年はどのような本を読んだのかをきちんと記録していくことにしよう。

P.S.

西成行きたい。

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