労働組合をやめた係員

フリーター、ニート時代を経て、いわゆる正規雇用型の長時間労働特化型納税奴隷となって予想外の障害となったのは、労働によるストレスでもなく、過重課税でもなく、労働組合への加入であった。

フリーターやニートという身分にあっては労働組合への勧誘は皆無に等しく、労働組合についてこれまで考えたこともなかったが、正規雇用型の長時間労働特化型納税奴隷に身を窶した途端、入らなければ人外、とまではいかないが、入らなければ村八分も辞さない、みたいな感じのニュアンス的な雰囲気の同調圧力をひしひしと感じた。

僕はもともとが社会を舐め腐っていた社会不適合者の出身であったため、同調圧力に対しては一定の免疫を備えているつもりではあったが、まぁ、それほど熱心に勧誘してくるのだから、ここは一丁社会勉強と思って一旦労働組合に加入してみて、種々様々な判断材料を集めた後に加入継続か脱退かを決断しようと、本当は同調圧力に慄いていたにもかかわらず、そうやって自分を無理矢理納得させ、自己欺瞞を講じて加入したのであった。

それから一年半が過ぎ、僕は先日、労働組合を脱退したぽよ。

脱退理由は、組合費相当の価値を組合に見出せない、それに尽きる。

僕が所属していた労働組合は、分会、支部、ブロック、中央の四部構成で、それぞれに組合費を支払う。闘争資金という時代錯誤の費用も徴収される。それらを合わせると給料の3%弱が労働組合費として毎月の給料から徴収される。

んじゃあ、当該組合は各組合員から徴収したその組合費で何をやっているのかというと、主に度重なる会議と全国津々浦々への移動であーる。

そして、その度重なる会議と全国津々浦々への移動の集大成として行われる団体交渉の要求内容は、毎年ほとんど同じで、事務職の伝家の宝刀コピー・アンド・ペーストを駆使したとしか思えない内容となっている。

別に毎年同じ内容を要求すること自体は悪いことではないが、毎年同じ内容で十分なのであれば、それほどコストをかける必要もないし、かからないはずなのだから、労力や組合費といった個々の組合員の負担を軽くする可能性を模索するべきなのではないかと、僕は思ってしまう。

僕が所属していた労働組合は団体交渉の他に、平和学習会を定期的に開催しているのだけれど、労働組合というのは団結権・団体交渉権・団体行動権のいわゆる労働三権に基づいて労働条件や労働環境の維持改善を要求する団体のはずなのだが、僕のがらんどうの脳髄では労働三権と平和学習会の相関関係、及び、平和学習会と労働条件・労働環境の維持改善との相関関係がどうしても形成できず、組合活動として平和学習会を行うこと、つまり組合員として平和学習会に時間とお金を投じることが無駄であると判断した(戦争はだるいので、平和が一番であるのは大賛成なのだけど、平和学習会は個人として取り組みべき事柄であり、組合費を投じるのは間違っているのではないかと思ってしまう)。

その他に僕が無駄だと思う組合活動としては、親睦会がある。

組合員の親睦を深めることを目的に親睦会を開くこと自体は別に問題ないが、親睦会のやり方が気持ち悪い

きゃつらは「団結」を妄信する余り、組合員であっても諸行無常の理によって一人一人が異なるということを知らず、組合員の中にはお酒を飲むことや宴会が嫌いであったり、諸事情で親睦会に参加できなかったりする組合員が存在することを理解できない。

だからこそ、組合員全員から親睦会の費用を徴収しているのだけれど、親睦会に参加する人は組合費を通じてその費用を負担しているため、その場で支払う必要はもちろんないが、親睦会に参加しない人は親睦会の費用を払わされるだけで、決して還元されることはなく、その人の親睦会費は行き場を失い、労働組合にぐんぐんと吸収されていく。

このアンフェアな徴収システムの改善策としては、一度徴収し、親睦会に参加しなかった人にはその分の費用を還元するか、予め親睦会のための一人分の予算を決めておき(年度始めに決めているはずである)、その額を12で割り、その分毎月の組合費を安くしておけば、始めから還元されたことになり、そうした上で親睦会へ参加した場合は実費を徴収する、というのがいいと思うのだけれど、僕にはこれらを労働組合に訴えたいという強い心意気はないでやんす。

僕は自分を納得させようと、一通りの組合活動には参加したのだけれど、メーデーでもくじ引きゲームをして「ガンバロー、ガンバロー」と拳を虚空に突き上げるだけだし、オルグでも空疎な話を聞きながらみんなして高価な弁当を食い散らかすだけだし、有給を2日も取らされ、多額の組合費を投じて開かれた新規組合員学習会でも中央執行委員長の「お気に入りの文房具を使おう」という言葉くらいしか印象に残っていることはないし、つまるところ、労働組合がどうしようもない巨大な無駄にしか思えなくなり、辞めるという決断に自然に至った。

労働組合をやめてまだ日が浅いため、今後どのような影響が出てくるかはわからないが、その影響がどのようなものであろうと、それはそれで一つの楽しみであーる。

労働組合の数少ないメリットとして、何かあった時に助けてくれる、というものがあるらしいが、仮にそれが真実だとしたら、僕は今丸腰の状態であるため、それを自覚し、危機感を高め、不当な扱いをされにくい人材になるとか、わけのわからない圧力により会社から放擲されても楽勝な自分自身や環境を整備しておくといったことに意識的になっておく必要があるなー。

んじゃあ具体的にどうすればいいかしらん、と考え始めようとしたが、床屋に行く時間になったので、ここは長時間労働特化型納税奴隷らしく考えることはやめにします。

P.S.

『エッセンシャル思考』という本おもろいで。

タイトルとURLをコピーしました