『欠乏の行動経済学』を読んだ。

『いつも「時間がない」あなたに 欠乏の行動経済学』(以下『欠乏の行動経済学』)という本を読んだ。

僕は長時間労働特化型納税奴隷であり、平日は午前9時から午後5時まで労働に従事しているのだけれど、幸いなことに残業がほとんどなく、1年半で3時間程度なのだけれど、それでもやはり、1日8時間労働×週5日は自称先進国の「一般的な」労働時間としては長いと思いますね。

とは言っても、いつも時間がないなー、と不平不満を抱いているわけではないのだけれど、視聴することの多いYouTuberの方が、この本おもろいで、と言っていたので、おもろそうやん、と思い、読んでみたのだけれど、おもしろかったです。

おもろいなー、という使い古された形容詞でもってしか感想を述べることのできない愚鈍な凡夫の常として、そのおもろいなーという感想ががろうどうの脳髄内で肥大化し過ぎて、実際にどのような内容が書かれていたのかはほぼほぼ思い出せそうにないが、ネバギバの精神で思い出してみると、余裕のない状態は理性や感情を不安定にさせ、その結果新たに余裕のない状態が生まれ、その結果理性や感情が不安定になり、その結果新たに余裕のない状態が生まれ、という欠乏の無限ループに嵌まりこんでしまうから、余裕のある時にきちんと余裕を作っておきなさいよ、みたいな感じのニュアンス的なことが書かれていた。

欠乏状態の凡夫、例えば、エポスカードの奴隷となり、日々リボ払いの支払いに追われている凡夫がいたとすると、当該凡夫のドタマの中は日々の支払いのことで一杯で、実質そのことしか考えられず、かつ判断力が低下してしまう。

一分一秒切羽詰まっている状態であるため、目の前の支払いのことしか考えられず、理性も十分に働いていないため、サラ金のような長期的にはデメリットしかないその場凌ぎの容易な手段についつい頼ってしまい、その結果更なる困窮状態を招いてしまう。

また、日々支払いに追われるという欠乏状態にあると、感情的にも不安定になってしまい、配偶者や子供や友人に当たり散らしてしまい、大切な人間関係も壊してしまうことになるため、一つの欠乏状態は別の方面にも悪影響を波及させる。

だからぁ、給料は計画的に使って、少しでも貯金をするように。ボーナスで大金が入った時も、散財せずに一定の額は貯金に回して、予期せぬ出費によりカツカツ状態に陥らないように留意するように、とのことでした。

時間に関しては、用事や仕事できちきちのぎちぎちのスケジュールを組んでいると予期せぬ用事が発生した時に、どうしようもなくなり、何らかの用事や仕事を後回しにせざる得ず、そうなると時間に追われるようになる、すなわち欠乏状態に陥り、頭がうまく働かなくなり、仕事が遅れ、溜まり、延々と片付かない状態に陥ることになる。そうしてイライライライラして家族や同僚と不仲になってしまう。

だからぁ、色んな仕事や用事に首を突っ込み過ぎないように。突発的な用事に十分対処できるようにスケジュールはきちんと余裕をもって組みなさいよ、とのことでした。

『欠乏の行動経済学』では、人は欠乏状態にあると処理能力が下がってしまう、ということを繰り返し強調している。

処理能力というは、理性や感情を含む、個々人の一般的能力と解釈してもいいが、当たり前であるが処理能力は良好な人間関係や良質な仕事、健やかな生活全般に必要不可欠なものであるため、その大切な処理能力を低減させる要因である欠乏状態は極力避けるべきであるし、仮に理性や感情が不安定である人間と接した際は、その不安定さの要因全てを本人の能力のせいにするのではなく、もしかすると欠乏のせいできゃつの本来の処理能力が削り取られているかもしれへんど、と思慮し、きゃつがどのような欠乏を抱えているのか、そしてその欠乏状態をどうにかできないものだろうか、と熟慮してあげるといいかもわからへんのー。

んじゃあ、僕の欠乏は何かないのかというと、貯金と積立NISAはしているし、仕事や予定で忙殺されているわけでも全然ないし、ダイエットもしていないし、これと言って切羽詰まっている状態には特にないのだけれど、「豊かな期間、人は時間やお金を無駄にする」らしいので、身を引き締めて、帰省用の新幹線を事前予約し、お金の節約に励みました(今までは面倒臭がって、当日に自由席を買っていたが、余裕を持って事前に指定席を予約した方がはるかに安いことに気がついてびっくらこいた)。

P.S.

マックで涼みながら読書するのにはまっている。

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