「政府は何も生産していない」について

長時間労働特化型納税奴隷アンドロイドのアルゴリズムに則って、惰性でネットサーフィンをしていると、「政府は何も生産しない・・・・・・」みたいな感じの文字列を捕捉したのだけれど、その時僕は、確かにそうだなー、と思ったのも束の間、そうではないのかもしれないと思ってしまった。

「何かを生産する」ということは「何らかの価値を生み出す」、「価値を付与する」ということで、例えばここに卵一個と米一合があったとして、ただこれだけでは食べられたものではないが、ここで僕がひと手間加えて、卵を目玉焼きにし、米を炊けば、これは立派な目玉焼き定食となる。言い換えれば、僕は卵と米に価値を付与した、みたいな感じのニュアンス的なことになる。

んじゃあ、テレビタレントの場合はどうだろう。きゃつらの大半は広告収入である。きゃつらは人民の耳目を集めることを至上命題とし、あらゆる権謀術数の末に人民の注目が集まったところにスポンサー企業の広告を挟み込ませ、人民を眩惑し、物欲を掻き立て、不要不急のモノやサービスを売り込む手伝いをしているのだけれど、これはこれで立派なビジネスだ。きゃつらは各スポンサー企業共通の外部委託広報担当係員としてきっちりと機能し、GDPを崇め奉る経済成長至上主義が絶対視する市場に貢献している。っつうことは何らかの価値を生み出したり、付与したりしている。生産している。

んじゃあ、政府はどうだろう。「政府は何も生産していない」と主張する人々によると、きゃつらは人民から税金を徴収し、自称必要不可欠で有意義な公共サービスなるものを提供していると自負しているが、それは競争のない市場の原理から外れている、だからこそ政府は何も生産していない、市場に貢献していない、ということになっているようみたいで、まぁ、一理あるよね。

しかーし、ならば昨今のように政府の愚策に次ぐ愚策がニュースを席巻したらどうだろうか。

ネットやテレビや新聞は政府の愚策に関する報道で溢れ、人民は呆れと怒りとともにメディアに釘付けとなる。広告産業であるメディアはこの機を逃すまいと愚策を報じるニュースとニュースの間隙に広告を挟み込みまくり、我々愚鈍な凡夫はまんまと幻惑され、楽天カードマンの傭兵となり、東急ハンズで靴べらなんか買っちゃっていい気分になる。

結果的に政府は愚策というニュースバリューを提供することによりGDPを崇め奉る経済成長至上主義が絶対視する市場に貢献することになる。メディアにコンテンツを提供するという意味では政府もテレビタレントも大差はない。そのため、政府は何も生産していない、と一概には言えないかもしれないなー。

と屁理屈遊びをしている内に僕の休みが終わりを迎えようとしている。

P.S.

ユヴァル先輩の本おもろいで。

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