靴でも磨いてゆっくりする。

コロナウイルスの影響で人々は外出を控えているらしく、ということは外は閑散としていて心地が良いはずで、今こそ外の空気を満喫するチャーンス!と思っていたのも束の間、そう言えば今は花粉、即ちスギやヒノキの精細胞が空気中を浮遊している季節で、花粉症の僕にとっては外出は極力控えた方が賢明で、故に最近の休日は部屋でゆっくりと過ごすことが多くなった。

僕にとっての良い時間の過ごし方の一つが靴磨きで、ぼさっと淡々と単調な作業をするとなかなかリラックスできる。そして、磨き終わった後に、靴の深みが一層増したかのような気がして、良い気分になれる。

今週磨いた靴はレッド・ウィングというブランドのアイリッシュセッターというブーツで、かれこれ10年以上履いている。昨年ソール交換も行い、これからも履き続ける満々の靴で、磨き終わった後はやっぱレッド・ウィングはええのー、と改めて思ってしまう。

僕の場合、靴磨きが好きだからといって、靴磨きが得意なわけではないため、一丁勉強がてらにYouTubeで靴磨き動画を見ることがあるのだけれど、そういう時は大抵、煩悩まみれの愚鈍な凡夫として関連動画にまんまと誘導されて、革靴やブーツの紹介動画を夢中で見てしまい、気がつくと、うわーこの靴欲しいなー、と欲望を掻き立てられてしまっているのだけれど、そういう時はすでに自分の手元にある大切な靴を磨くなり、眺めるなりする。

靴を磨くことによってその靴への愛着が湧き起る。するとその靴をなるべく多く履きたいと思う。それなのにそこに新しい靴を加えてしまうと、靴を履く回数が靴の数だけ分散してしまう。しかと履くことにより靴を愛でたいタイプの靴好きである僕にとって、ほとんど履く機会のない靴があるという状態は望ましくない。そのため、何らかの形で靴に対する購買欲を掻き立てられた時は、靴を磨くことによって煩悩の一形態である愛着という名の執着心を醸成し、その手の煩悩をうまく利用して消費主義の魔の手を振り払う。

と、御託を並べるのはここまでにして、とにもかくにも靴磨きはなかなか良いものです。コロナと花粉に恐怖して引きこもって塞ぎこみがちな今、意気揚々と外出できる準備の一環としての靴磨き、どうでしょう?

P.S.

『サピエンス全史』おもろいで。

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