係員と仕事 係員の物思い

内示。係長への道。

投稿日:2020年3月1日 更新日:

先週頃に僕が納税奴隷として勤めている会社の内示があった。

世間を舐め腐り、悠々とニート・フリーター生活を送った末に底辺係員になった僕は内示の影響を全く受けなかったのだけれど、周囲の人間は色々と思うところがあるようです。

僕の会社は全国転勤が基本で、使役者の気まぐれで全国津々浦々へ飛ばされることになっているのだけれど、基本的にこれまで各地をぶらぶらとしてきた僕からすればこれと言って抵抗はないものの、やっぱり嫌な人にとっては嫌みたい。

特に上昇志向の強い人や自惚れ屋さんは、よーし本部にいったるどぉ、とか、おれは本部に行って当然の人間だぜベイビー、と内心思っていたらしいのだけれど、因果なことにそういう人に限って現在地の現職に残留、あるいは予想外の地方への転勤という結果に落ち着き、ほんまおもろい世界やのー、と思う。

正規職員として組織に組み込まれてまだ一年にも満たないが、周囲の人間を見ていて思うのは、この組織の中でしか居場所のない人間、より厳密に言えば、この組織にしがみついていかないとどうしようもないと考えざるを得なくなるような人間、このような人間にはなりたくないなー、と思う。

特定の組織にしがみつていかざるを得ない人間の中には確かにものすごく仕事ができる人もいて、頼もしい一面もあるのだけれど、組織内にしかアンテナが張られておらず、自閉的で、仕事以外の話がほとんどできず、これからの未来を担う令和世代の人間たちからはあまりのつまらなさに唾を吐きかけられること間違いないだろうと、僕のゴーストが囁いている。

そして今の組織以外に行き場のない人間は自分の居場所をしかと確保するために組合活動に精を出すことも多く、「組合員のための組合活動」という大義名分の下に見境なくあれもこれもと組合活動を肥大化させ、その当然の結果として必要な経費が膨れ上がり、その必然の結果として毎月の組合費が組合員を圧迫しているにも関わらず、それに気がつかないほどに盲目的で思考の停止した迷惑千万な存在になっちまっている。

今の仕事は個人的には嫌いではなく、現段階では難なく続けていくことができると思っているのだけれど、やはり精神衛生上、やめてもやめなくてもどっちでもええやー、という余裕のある状態でいられる方が望ましいと思う。実際に現在も同様の心境ではあるのだけれど、このままぼさっと過ごしていると、諸行無常の理によって今の組織にしがみついて生きていかざるを得ない状況に追い込まれ、自分自身が上記のような迷惑千万な存在に成り果ててしまうのではないか。それは嫌だ。

まいったなー。そんじゃあどうすればいいのかしらん。副業としてユーチューバーになればいいのかしらん、ブログ・アフィリエイターになればいいのかしらん、とまぁ、それらも一つの手ではあるだろうが、僕としてはここは一丁、王道手段である資格の勉強をしてみるのもありなのかもしれない、と思うのであーる。

資格の勉強をしたところで、それはラットレースからの解放を意味するものではないが、自分の好奇心を満たすための勉強は一興であるし、一つの組織に閉じ込められて、どん詰まる可能性を低減してくれるという意味で価値のあることのように思える。

しかーし、これはドタマが資格業界の権謀術数にやられている証左なのであろうか。それとも係長を反面教師として日々学び続けた結果、辿り着いた一つの有益な選択肢なのだろうか。

考えてもよくわからないので、とりあえず酒でも飲みながら本を読もう。

P.S.

このように思考を放棄することにより僕は係長になっていくのかもしれない。

-係員と仕事, 係員の物思い
-,

執筆者:

関連記事

ゲームセンターの教養人・ジーンズの裾あげ・GDP

先日、府庁へと赴き、狩猟免許なるものを受け取ってきたのだけれど、免許を受け取ることができたのは、試験の合格発表からおよそ1カ月後で、なぜそうなったのかというと、年休、すなわち平日休みなるものがなかなか …

僕は半年間で洗脳されたのか成長したのか。

働き始めてそろそろ半年になる。 働き始める前は2年間無職で、その間は旅に行っていたり、祖母の介護をしていたり、釣りをしていたり、家でぼさっとしていたりしていた。 そして労働を再開し、半年が経った今現在 …

とある日の自殺体

とある一日のこと。 朝7時に起床し、顔を洗い、口をゆすぎ、コーヒーとトーストを準備し、朝食を済ませ、食器を洗い、歯を磨き、ひげを剃り、排便を済ませ、手を洗い、コーヒーをタンブラーに注ぎ、スーツに着替え …

労働のモチベーション

最近はまっている作家さんの本。 今週末は頭に鈍痛を覚えながら目を覚ましたのだけれど、どうして頭が痛かったのかというと、それは前日に行われた職場全体の忘年会でついつい酒を飲み過ぎてしまったからで、ではど …

ついつい買ってしまうもの

煩悩まみれの凡夫である僕にはついつい買ってしまうものというものがあって、それは本なのだけれど、なぜ本を読むのかというと、それはショーペンハウアーが『読書について』みたいな感じのニュアンス的な著作の中で …