係員と仕事 係員の物思い

労働のモチベーション

投稿日:2019年12月8日 更新日:

最近はまっている作家さんの本。

今週末は頭に鈍痛を覚えながら目を覚ましたのだけれど、どうして頭が痛かったのかというと、それは前日に行われた職場全体の忘年会でついつい酒を飲み過ぎてしまったからで、ではどうして飲み過ぎてしまったのかというと、規模の大きい忘年会では普段あまり話さない人と話すことを求められるため、カンフル剤として酒に頼り過ぎてしまったからです。

二日酔いの時は水を飲んで二度寝、三度寝を繰り返し、体力の回復を図るのが常なのだけれど、体力が回復し、ようやく立ち上がれるようになり、洗濯や掃除に取りかかると気持ちがすっきりとして、落ち着いた気分になってくる。

汚れたものを清潔なものにし、雑然と乱れたものを整頓するという作業の連なりが、酒でぐでんぐでんになった心身の回復と重なり、部屋と自分がいい感じに整っていく感じが如実にして、最悪な目覚めから始まった一日が一転して穏やかな一日となった。

家事が一段落し、座椅子に腰掛けてぼさっとしていると係長のことを思い出した。

僕の職場の席の隣には係長が鎮座していて、暇を持て余すと色々と話し掛けてくるのだけれど、先日係長から、君が仕事をするモチベーションは何なんだい、と質問を受けた。

その質問に至る文脈や係長の声のトーンから、係長自身が仕事をするモチベーションを全く見いだせないか、よくわからないか、自分を自分で騙して無理矢理納得させているか、そういった感じのニュアンス的な自称大人によくありがちな傾向が聞き取れたのだけれど、係長の個人的な精神構造はどうでもいいとして、先述の質問を受けて改めて僕自身の仕事をするモチベーションについて考えてみると、まぁ色々ありますねー、としか答えられない。

まずは金の問題なのだけれど、僕は満足できる生活水準が低く、今現在の係員としての薄給でも使い切るのが難しく、よって1日8時間の週5日働かなくても楽勝で生活できる自信はあるのだけれど、だからといって高尚な自分を演出するために、聖人君主のおいどんは金のために働いてへんど、とがなり立てると真っ赤な嘘になる。働くモチベーションの一つとして金は厳然としてある。

さらなるモチベーションの一つとして、仕事を通じて世界が広がる感じがある、というのがある。こんな世界があるのか、こんな人がいるのか、こんな考えがあるのか、と実感することは僕の浅薄な好奇心を刺激するある種の快楽となっているのだけれど、その快楽を求めて集中的に旅をしたり、本を読んだりしていた時期もあったのだけれど(本は今でも意識的に読んでいる)、仕事は仕事で旅や本とはまた異なるやり方で自分の世界やものの見方を広げてくれる。

ニートも経験し、フリーターも経験したとなると、次は世の自称大人たちが気持ちの悪いしたり顔で「普通」と喧伝する「正社員」という「長時間労働特化型納税奴隷」も経験したいなー、「ちゃんと働け」と高圧的な態度を取ってくる本の一冊も読んだことのない自称大人たちの宣う「ちゃんと」ってどんなもんやねん、ということを体感し、経験に基づいた言葉を吐けるように「ちゃんと」働いてみようかしらん、みたいな感じのニュアンス的なものも僕にとっての働くモチベーションになっている。ちなみに今のところ「ちゃんと」の意味は不明瞭のままである。

また、自分が死ぬまでにこれだけはやりたいと思っていたこと(思う存分一人旅をすること)をやり、自分を縛り付けていた強固な煩悩から解放され、もう自分の時間をただただ自分のためにだけに使わなくてもいいなー、つまり人様のために自分の時間の一部を割いても別にかまへんなー、すなわち幸か不幸か自分が空っぽになってしまったが故に、労働するかー、という気に自然となり、僕に何か手伝えることがあれば手伝いますよ、みたいな感じのニュアンス的な塩梅のある種の暇潰しとしての役割を仕事に見いだせているということも僕が仕事に従事するモチベーションになっていると言える。

さらに言えば、自堕落で煩悩塗れの凡夫である僕にとっては労働のおかげでいい感じの一日のリズムや、いい感じの一カ月のリズムが作り出されているというのもまた事実で、学生時代から今に至るまで漠然とした世間の漠然とした期待に応えるような生活しか送ったことのない人間、すなわち学校と自宅の往復か、職場と自宅の往復、ただそれだけの生活スタイルしか経験したことのない人間にとっては当たり前の規則正しい生活というものを労働のおかげで送りやすくなっており、張り合いのない不規則な生活を送っていた経験のある自分からすると、今の生活リズムはいいなー、と思うことができ、それができるのは労働の強制力があるからで、労働にはこういう側面があるのかー、一概に悪いとは言えへんのー、という実感も仕事をするモチベーションになっている。

とまぁ、上記のようなことを係長に伝えても、ふーん、と一蹴されるだけだろう。

仕事をするモチベーションを自分なりに書き出してみたのだけれど、もしかすると僕は無意識に無理矢理上記のようなことを自分に言い聞かせて自分をだまくらかし納税奴隷に成り果てた自分をどうにか正当化しようとしているのかもしれない。

もしもそうだとしたらどうしようかしらん。

と自問自答したところで、凡夫のがらんどうの脳髄ではどうすることもできない。

こういう時は納税奴隷の「思考を停止させる」という特性を発動させ、心機一転し、一念発起し、一平ちゃんを食べることにする。

P.S.

焼きそばを食べたら散歩に行こう。

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