係員の物思い

僕は半年間で洗脳されたのか成長したのか。

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働き始めてそろそろ半年になる。

働き始める前は2年間無職で、その間は旅に行っていたり、祖母の介護をしていたり、釣りをしていたり、家でぼさっとしていたりしていた。

そして労働を再開し、半年が経った今現在言えることは、今の自分にとって労働はいい感じの日々のリズムのために必要であるということです。

このように思えたことは今まで一度もなく、自分でも少し戸惑っているのだけれど、かつて僕はとにかく労働を嫌っており、労働に従事していても早く金を貯めて、早く辞めて、やりたいことをやりまくりたかった。

労働が好きで好きでたまらないとか、今の仕事が楽しくて仕方がないとか、そういうことでは全くないのだけれど、僕はかつてよりも遥かに労働を受け入れられているというか、労働に関して以前よりもかなり肯定的に捉えられるようになっているというか、そういった感じのニュアンス的な塩梅っぽい心境なのですね、これが。

どうしてなのかしらん、と考えてみるに、まず大きな要因として、これは絶対にやりたい、というような欲望がなくなってしまったということ。

僕にとってのそのような欲望は思う存分旅をしたいということだったのだけれど、実際に資金を貯めて海外放浪旅を始めると、自分が思っていたより遥かに早く旅に飽きてしまい、もう旅はいいや、ってな感じでそのような強い欲望から解放された。それはそれで気持ちの良いことだった。もう自分のためだけに時間を使わなくてもいいかなー、と思えるようになった。

もう一つの強い欲望としてあったのが、祖母を最期まで看取りたいという欲望。

これは欲望というよりは義務感みたいな感じのニュアンス的なものなのだけれど、僕は祖母に育てられたと言ってもいいほどに祖母にはお世話になり、その祖母は僕が帰国した時点で病気により余命半年で、介護も必要な状態であった。

無論、ここで祖母の介護や看病は他の家族や施設に任せ、自分は就職するなりぷらぷらするなりできたはずなのだけれど、そうしてしまうと絶対に後悔することは火を見るよりも明らかで、全くもってそうしたい気分にならなかった。

よって、とりあえずこれだけはやらんとあかへんのー、ってな感じで決して楽ではなかったが祖母の介護や看病に時間と労力を割くことにした。

祖母が亡くなると、ものすごく悲しかったと同時にすっきりもした。

かつての自分を縛り付けていたやりたいこともやってしまい、やるべきこともやってしまい、ようやく自由というか、空っぽの状態になった時に、働くかー、とすんなりと思えた。

そうして今の生活に至っているのだけれど、今現在の日々から労働がなかった場合、僕がやることと言えば本を読んだり家事をしたり軽い運動をするくらいで、僕自身が「教養」つまり「一人の時間を一人で充実させることのできる能力」に欠けている奴隷であるが故に、読書や運動や家事だけでは日々を埋めきることができず、埋め切れないことによって生じる暇な時間にうまく対処することができず、そのような日々が積み重なると発狂してしまいそうになると思う。

どうしてもやりたいこと、やるべきこと、という大きな方向性を持たないふわふわ状態の今、労働がある種の精神安定剤の役割を果たしているように思える。

しかし、労働への依存度が強すぎてしまうと、労働中毒となり、「労働=正義」という浅薄な価値観の持ち主となり、人に労働を押付け、労働をもって人の価値を測ってしまい、奴隷労働崇拝主義的なこの世の中の閉塞感に貢献してしまうようなペラペラ人間になりかねないため、労働との距離感には注意が必要だが、「労働=正義」が狭窄した見方であるように「労働=不幸」という見方も同様に偏っているように思える……

って、僕はこの半年の間にがっつりと社畜奴隷洗脳されてしまったのかしらん。

それともあらゆる直接的な経験が組み合わさって視野が開けたのかしらん、つまり少しは成長したのかしらん。

よくよく考えるとどっちなのかはわからないが、暇な時間との付き合い方がまだまだ未熟なのは間違いない。

とりあえず今は歯を磨くしかない。

P.S.

今日の一曲。

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