係員の物思い

暇に苦しむ人は奴隷

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暇な時間、つまり何をやってもいいし何もやらなくてもいい時間に直面した時、自分が奴隷かどうかが明らかになる。

暇な時間を充実感に変えることができる人は奴隷ではないし、暇な時間を退屈だとして苦しむようであれば、その人は奴隷である。

自由な時間を楽しむことができない人間にとって、暇は退屈を意味し、苦痛を意味する。

よって、そのような人間にとって自由な時間は極力少ない方がいい。その方が退屈しないで済むという意味で幸福だ。自由が少ない方が幸福なのだから奴隷である。

また、常に誰かと一緒でなければ暇を嗜むことができない人間も奴隷である。

一人だと退屈してしまう人間は自分の享楽のために常に他人を必要とする。自分の充実感が常に人に左右されるのだから奴隷である。

つまるところ、暇な時間を一人で楽しめる能力のない人間は奴隷ということになるのだけれど、そういう意味での奴隷観は資産の有無を基準とした世間一般的な奴隷観と大きく異なるので面白い。

作家の中島らもは『今夜すべてのバーで』の中で、「『教養』とは学歴のことではなく、『一人で時間をつぶせる技術』のことである」と述べているのだけれど、暇な時間を一人で楽しめる能力=教養とし、その教養の有無に基づく奴隷観をもって世間や自分自身を眺めてみてはどうでしょう。

教養のない人間は自由な時間をどのように過ごしていいのかがわからないので、自分の時間の使い方を他人に規定してもらったり、指示してもらったりすることを好む。

なので、奴隷たちは概して労働中毒者でもある。

長期休暇の前になると「うわー、休みの間なんしよー、なんもやることあらへんど」と嘆く奴隷。

電車内の二時間の暇が恐ろしいため、その恐怖を紛らわせるために周囲を巻き込んで酩酊しなければ帰宅することができない奴隷。

以上の奴隷たちは僕の周囲に実際に存在する奴隷なのだけれど、彼らは某有名企業の元部長だったり元課長だったりして、労働に関しては中毒的に熱心で、仕事がものすごくできる。

社会的地位があろうとなかろうとそんなものは関係なく、彼らは暇に苦しむのだから奴隷である。

んじゃあ、人のことを奴隷だ奴隷だと喚き立てている僕自身はどうかというと、僕自身も一介の奴隷だ。

暇を持て余し、どうしようかしらん、と時折どん詰まってしまうことがある。

退屈し、惰性で楽天市場のアプリ画面を呆然と見つめている時がある。

だらだらとツイッター内を徘徊してしまうことがある。

よって僕もれっきとした奴隷だ。しかし、労働中毒者ではない。

労働が人生の全てではないのだから、労働はほどほどにしつつ、教養を身につけ、暇な時間をしみじみと味わえるように試行錯誤していきたい。

P.S.

毎回スリッパを洗濯し忘れてしまう。

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